Special Interview 高橋 智恵 – フェアトレードプロデューサー/パレスチナアイテムショップ「架け箸」オーナー –

エシカルウェディング協会のメンバーに、日々の活動内容についてインタビュー。今回は、日本とパレスチナをつなぐソーシャルブランド「架け箸」を運営する高橋智恵さんの登場です。ブランド設立の経緯や、オリーブの剪定材を用いたアイテムをウェディングに取り入れるアイデアをはじめ、今も不安定な情勢の中で毎日を送るパレスチナの人々を思いながら精力的に活動する、その素顔に迫ります。
「夫婦の木」として愛されるオリーブが結婚式を彩る理由
オリーブの木が「夫婦の木」と呼ばれているのをご存知ですか?
オリーブの木は1000年を超えるほど樹齢が長いことから、永遠に続く夫婦の絆の象徴として、結婚式で苗を植樹するセレモニーや、両親へのギフトにオリーブの木を贈るなど、結婚式の演出にも多く取り入れられています。
エシカルウェディング協会メンバーが関わった結婚式でも、オリーブの木で作られたカッティングボードに誓いの言葉を刻み、結婚証明書として使ったご夫婦がいらっしゃいました。この時に使用されたオリーブ製のカッティングボードは、パレスチナの職人によって作られたもの。それをフェアトレードで買い取り、日本で販売する活動をしているのが、今回ご紹介するソーシャルブランド「架け箸」の代表 高橋智恵さんです。
「カッティングボードは、協会所属のデザイナーさんとお客様がやりとりをして、日本で文字を入れて仕上げました。さらに、結婚式当日に新郎新婦のお子さんの手形を押して完成すると聞き、とても素敵なアイデアだと思いましたね」

オリーブ剪定材のカッティングボードの結婚証明書。商品代6600〜12600円(税込)+加工賃のオーダーメイドとなる
「ほかにも、オリーブの剪定材で作られたマグネットとプレートを引き出物としてご注文された方もいらっしゃいます。その方は親族のみで結婚式をすることになり、『せっかくならパレスチナ支援につながって、引き出物を通してさりげなくパレスチナのことを意識してもらえるように』、との思いで選んでくださったそうです」と高橋さん。
オリーブは丈夫な素材であるのに加え、使い続けるごとに味わいを増していきます。そんな様子を想像するだけで、なんだかあたたかな気持ちに……。高橋さんがセレクトし、時にはオリジナルでプロデュースする『架け箸』の商品には、そんな魅力があるのです。
日本人が知らないパレスチナに魅せられた学生時代
大学で国際文化を学んでいた高橋さんは、学生時代にアルバイトで貯めたお金を使い、のべ20カ国以上を旅した経験の持ち主です。そして、大学3年の頃に留学していたブルガリアから入るルートで、初めてパレスチナを訪れました。
パレスチナ人はイスラエルの建国によって住んでいた土地を追われた人々です。住む場所を制限された彼らは、ヨルダン川西岸地区とガザ地区からなるパレスチナ自治区で暮らしています。日本では「パレスチナ=紛争地、危険な場所」というイメージを抱く人が多い中、高橋さんが目にしたのは農作物の生産が盛んで商業も発達しており、多くの人が集まる観光地の姿でした。
「大学4年生の時に、西岸地区のヘブロンという町で1カ月間のホームステイをする機会を得ました。ホストファミリーは最初から“もともとそこにいた子”のように私を扱ってくれて、すぐになじむことができたんです。週末には親戚が集まってごちそうを囲んだり音楽をかけて踊ったり……。明るく、温かく、決して悲観的にはならずに生きている人たちに囲まれ、パレスチナは私にとってもう一つの故郷だと思うようになりました」

写真提供:Chie Takahashi
日本とパレスチナをフェアトレードでつなぐ
高橋さんはパレスチナで、オリーブの木で作られた工芸品と出会いました。使われていたのは、オリーブの剪定材です。剪定とは、風通しを良くして虫の害を防ぎ、実がしっかりと太陽を浴びられるように、不要な枝葉を切り落とす作業のこと。パレスチナの人たちはそんな剪定材で工芸品を作り、販売することで大切な収入の一部を得ていました。
「日本に戻り、パレスチナの人と一緒に何かできないだろうかと考え、現地で出会ったオリーブ製の工芸品を日本で販売する方法にたどり着きました。大学の授業で、本来の価値や労働の対価にふさわしい価格で買い取るフェアトレードについて学んでいたので、フェアトレード一択でしたね」
それが実現したのは、大学卒業間際の2020年。高橋さんが23歳の時のことでした。
「最初に作ったのはオリジナルの箸です。パレスチナの人たちは、そもそも箸を見たことがありません。しかも木を細長く加工するのは難しく、何人もの職人さんに断られてしまいました。そんな中、やっと引き受けてくれる工房が見つかって。その後も日本から木型を持ち込むなど工夫し、今のかたちに辿り着きました」

写真提供:Chie Takahashi
「お客様の中には、一度購入された後でご家族の分を購入される方もいらっしゃるんですよ」
その後、取り扱うアイテムを徐々に増えていき、現在「架け箸」では、オリーブの剪定材から作られたアイテムのみならず、パレスチナの伝統的な器、環境に配慮した布製の名刺入れやスマホケース、バッグなど約40種類ほどの商品を販売しています。

エシカルウェディングを望む人に「架け箸」のアイテムを
取り扱うアイテム数を増やす一方で、高橋さんが常に意識していたのは日本における販路の拡大について。もっと幅広い層にアプローチしていく方法として頭に浮かんだのが、ウェディング業界への参入でした。
「そうは言っても、具体的にどうすれば良いのだろうかと思案していた時、インスタグラムのおすすめ投稿に流れてきたのがエシカルウェディング協会の投稿です。それをきっかけに協会の存在を知り、理事長を務めている野口さんにお声がけいただき、協会メンバーとして活動していく運びになりました」。
日常使いできるデザインとギフトにもふさわしい上質さを兼ね備えたアイテム、パレスチナで作られていること、剪定材の活用、フェアトレード……「架け箸」の商品はエシカルなウェディングとの親和性が非常に高く、結婚式をより印象的なものにしてくれるポテンシャルを持っています。
エシカルウェディング協会への所属後は、東京都が主催する「TOKYOエシカルマルシェ」のような、協会が出展するイベントで商品を展示・販売する機会や、協会メンバーとの交流など、活動の幅は想定していた以上に広がっています。

日本人向けのオリジナル商品もプロデュース
「架け箸」では、日本で販売するために1から作り上げたオリジナル商品もあります。

こちらは高橋さんご自身も愛用している名刺入れ。パレスチナや周辺地域の伝統的な布織物を使い、環境に優しい布製品を作っている女性アーティスト・アイシャさんがデザインと製作を手がけています。

こちらは、同じくアイシャさんにオーダーしたスマホケース。折りたたみ式で画面を保護しながら、手になじむ質感も魅力です。

そしてこちらはアイシャさん最新作のトートバッグ。柄合わせも含めて同じものは作れない1点ものです。

オリーブの剪定材で作られたボールペン。マルシェや展示会などのイベントでも大人気で、特に若い男性からの注目度が高いそう。

高橋さんの耳元にも注目!こちらはト音記号がモチーフのオーナメントをイヤリングにアレンジ。そして胸元で存在感を放っているのは、生命の樹を彫ったオリーブ製のオーナメントのペンダントです。
一方、新製品の開発も進んでいます。初めてウェディングに特化した商品としてリングピローを作っているのだとか。
「オリーブの剪定材を切り株のようにカットしたデザインのリングピローです。今、パレスチナで試作品をブラッシュアップしている段階ですね。エシカルなウェディングを希望される新郎新婦は、やはり木の風合いが感じられるナチュラルなものを好まれる傾向があるので、極力加工が少なくシンプルな仕上がりに。結婚式後に家の中でリング置き場としても使えるものをと考えています」
“支援”ではなく”協働”。 ともに未来を創っていく仲間
2023年10月以来続くイスラエルのガザ攻撃により、ヨルダン川西岸地区で暮らす「架け箸」の作り手の無事は確認できたものの、観光シーズンが始まろうとするタイミングで外国人が退避してしまい、パレスチナの人々は収入面でも大きな損失を受けました。
日本ではおのずとパレスチナへの注目度が上がり、高橋さんの元にはテレビや新聞といった大手メディアの取材が殺到します。
「最初の頃はパレスチナについて伝えたい、知ってほしいという気持ちがとても強く、とにかく必死で。そんな中で繰り返しお伝えしたのは、『架け箸』の活動はパレスチナを支援するのが目的ではなくて、あくまで協働であるということでした」
高橋さんは、日頃やりとりをしているパレスチナのフェアトレード団体との関係性を、こう話します。
「私がやりとりしている窓口担当の女性は、海外で販売することへの理解があり、普段から『サポートしてほしい』というスタンスは一切ありません。私たちはフェアトレードの大切さや哲学を一緒に届けていこうという気持ちで協働している仲間。これは『架け箸』を立ち上げた5年前から変わっていないんですよ」

写真提供:Chie Takahashi
停戦は決して争いの終わりではない
2025年1月には、イスラエル政府とパレスチナのハマスは6週間の停戦と人質の解放に合意したと発表しました。少しほっとする一方で、あくまで一時的に停止しただけ。依然として根本的な問題は解決されていない状態です。
「パレスチナの“平時”は決して“平和”ではなく、国として独立していないこの地域の方々は私が生まれる半世紀以上前から、平和ではない平時を生きてきました。そんな中でも明るく前を向いて生きているパレスチナの人たちの尊厳を守り、存在そのものを輸出したいという思いで日々活動しています」。
「いつかパレスチナに本当の“平和”が訪れたら、きっとその魅力に惹かれて世界中から人が集まってくると確信しています。そんな未来をつくるために、これからも種を蒔き続けたい。これは私のライフワークですね」

https://www.ivorywedding.world
心はいつも、遠くの空のもと、力強く生きるパレスチナの人たちとともに。高橋さんの活動がパレスチナと日本の架け橋として、根を張り、花を咲かせ、やがてたくさんの実をもたらすよう願わずにはいられません。

【Profile】
高橋智恵(たかはし・ちえ)
兵庫県生まれ。大学時代に訪れたパレスチナの文化と人々の出会いをきっかけに、大学卒業後の2020年、ソーシャルブランド「架け箸」を設立。「素敵に国境はない」をテーマに、フェアトレードで仕入れたパレスチナの工芸品・雑貨を日本で販売中。
高橋さんのWeb Site
https://kakehash.thebase.in
取材・文・撮影:Hanayo Tanaka